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東京地方裁判所 平成9年(ワ)4330号 判決 1999年3月04日

原告

青木俊昭

右訴訟代理人弁護士

飯田秀人

被告

那須翔

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

岩渕正紀

田中清

和田希志子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、東京電力株式会社に対し、連帯して、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事実関係

一  事案の概要

原告は、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の株主であり、被告らは、同社の代表取締役である。

本件は、原告が被告らに対し、東京電力に損害を賠償するように求めている株主代表訴訟である。原告の主張の要旨は、東京電力が、同社神奈川支店及び同支店管轄内営業所等において、印刷会社に対して架空又は水増しの発注を行って、総額約六〇〇〇万円の裏金を作り、もって税務当局より更正決定を受けて追徴課税されたことについて、被告らには代表取締役として業務監視を行うべき注意義務の懈怠があり、これにより東京電力に損害を発生させたというものである。

本件における争点は、被告らに右のような注意義務があるか否か、さらにはその懈怠があるか否かである。

二  当事者間に争いがない事実

1  原告は、提訴請求日の六か月前から引き続き東京電力の株式を所有している株主である。

被告那須翔及び被告荒木浩は、平成四年四月一日以前から現在まで引き続き東京電力の代表取締役の地位にある者である。

東京電力は、電気事業法に基づき、電気事業、電気機械器具の製造及び販売等を目的とする株式会社である。

2  東京電力においては、同社神奈川支店本部、同支店三浦工事事務所、同支店川崎工務所、同支店高津工務所、同支店横浜工務所、同支店大船工務所、川崎火力発電所及び東扇島火力発電所において、平成四年四月から平成六年三月までの間、物品の購買に関与する複数の社員が、自ら取引権限を濫用し、又は担当者からの不適切な発注依頼を看過して、特定の印刷会社に対して、名刺、工事用設計図及びパンフレット類の印刷物の取引に関して、架空又は水増しの発注を行い、発注先から水増しされた代金と実際の代金との差額約六〇〇〇万円分の商品券等の金券やワープロ等の事務機器を受け取り、経理上は発注どおりの印刷物が納入されたものとしての処理(以下「本件不正取引」という。)をしていた。

3  東京電力は、平成七年四月、前記2の不正取引に関して、税務当局から、平成四年度及び同五年度の所得について、過少申告があったとして更正決定を受け、約三〇〇〇万円を追徴課税された。

三  当事者の主張

1  原告の主張

被告らは、東京電力の取締役として、全社員に対して業務上の注意義務を尽くさせるべき業務監視義務等の注意義務を負うのに、これを怠り、従業員による不正行為及び不正行為による危険を管理するシステムを構築せず、また、下位の職位者への権限委譲を容易にするために職務規程を作成していたものの、その職務規程には欠陥が多く、本件不正取引を未然に防止し得なかった。

2  被告の主張

取締役の負う善管注意義務又は忠実義務の内容は、当該会社の規模により異なるものであり、東京電力のような大規模な企業においては、代表取締役が末端部門の従業員個々の行動について指導監督することは極めて困難であるから、代表取締役の権限を店所長以下の下位の職位者に順次配分するのが一般であり、しかも、東京電力においては、委譲された権限が適正に行使されるように指導監督する体制を敷いてきたものであるから、その配分された権限の範囲内に係る事項については、代表取締役が末端部門の従業員の不法行為について具体的に知っていたとか、容易に予見することができたというような特段の事情がない限りは、当該従業員に対する業務監視等について代表取締役に善管注意義務又は忠実義務の懈怠はないものといわなければならない。そして、本件においては、右にいう特段の事情はない。

第三  当裁判所の判断

一  乙第一号証から第一一号証まで、証人青木信男の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  東京電力は、平成四年当時において、資本金が六七〇四億円で、従業員約四万人を擁する会社で、本店のほか、店所と総称される一三か所の支店、四か所の電力所、一三か所の火力発電所、三か所の原子力発電所、八か所の建設所等から成り、平成三年度の売上高は、四兆五九七一億円に上った(乙一、七)。

2  東京電力においては、平成三年以降、組織の的確かつ効率的な運営を図り、かつ、業務を遂行する上において創意と個性を発揮することに資するように、各職位の位置と役割、職務権限及びその運用について定める職務権限規程(乙四)を設けている。右職務権限規程によれば、社長の業務執行権限のうち特に高度な専門性などが要求される業務や効率性の確保のために本店において集中管理すべき業務などの一部の業務を除き、地域の店所経営に必要な事項は各店所の長に配分され、その配分された権限を下位職位者に、その再配分を受けた者がさらに下位職位者にそれぞれ配分することができ、この場合において下位の職位者に対する指導監督については、当該直接の上位の職位者のみならず、委譲されたさらに上位の各職位者も責任を負い、各店所長は、権限を再配分した者に対して統括管理又は指揮監督をすることとされた。

3  ところで、物品の購買等の手続について、東京電力においては、平成二年に契約規程(乙二)を定め、右契約規程を適正に運用するための標準的取扱いとして購買・売却マニュアル(乙三)を作成している。これらの定めによれば、東京電力における購買に関する契約の締結の方法には二種類あり、購入を希望する部署である需要箇所又は請求箇所(以下「需要箇所」という。)が本店及び店所の購買契約担当部署(以下「購買所管箇所」という。)に契約締結等の購買手続を依頼する方法(一般購買)を原則とし、特例として特定の種類の低額の物品等について需要箇所が自ら購買手続を行う方法(需要箇所購買)がある。一般購買のうち、一定期間の所要数量を確定することが困難な物品、比較的単価が安定している物品及び反復使用することが明らかな物品については、購買所管箇所が、職務権限者の承認を得た上で、あらかじめ取引先との間で、期間、単価等を定める契約(以下「基本契約」という。)を結び(基本契約に基づいて、各需要箇所が購買所管箇所を通さずに個別に購入を行うことができる「単価契約」と呼ばれる制度がある。そして、購買請求、見積り、購買の決定、納期管理、検収等について詳細な定めが設けられている。

4  職務権限規程に基づき、物品の購入に関しては、本店で購買することと定められている物品及びその他の物品で契約予定価額が四〇〇〇万円を超過するものについては、その権限が社長に留保され、そのうち平成四年当時契約予定価額が五億円以下のものは本店の契約担当箇所である資材部長に委譲され、これらの物品を除くものについては、社長の権限が各店所の長に配分され、各店所の長からさらに主に契約予定価額に応じて下位の職位者に委譲されていた(乙四)。ただし、各店所で単価契約を行うものについては、金額の多寡にかかわらず店所長の権限とされていた。そして、単価契約及び需要箇所契約による物品の納入、検収等の購入手続は、需要箇所のグループリーダーが行うこととされていた(乙三)。

神奈川支店においては、一般購買の権限について、支店長又は店所長に配分された権限は、契約予定価額が四〇〇〇万円以下の物品及びそれを超えるものであっても単価契約に係る物品については経理部長に再配分され、さらに契約予定価額に応じて経理部資材グループリーダー(課長級)、同グループサブリーダー(係長級)に権限が順次委譲されていた(乙五、六)。

東扇島火力発電所及び川崎火力発電所においては、発電所長に配分された権限は、同様、総務部長に再配分され、さらに契約予定価額に応じて総務部経理グループリーダー、同グループサブリーダーに権限が順次委譲されていた(乙八、九)。

また、需要箇所購買に関する権限については、神奈川支店、東扇島火力発電所及び川崎火力発電所とも、需要購買箇所であるグループのグループリーダー、さらにはグループサブリーダーに順次委譲されていた(乙五、六、八、九)。

5  本件不正取引は、名刺、工事用設計図及びパンフレット類の印刷物の取引に関して行われたものであるが、右各取引中、名刺及び工事用設計図に係るものは、単価契約に当たり、パンフレット類に係るものは、契約規程により、「文化会、安全週間、営業開発等諸行事関係に伴う消耗品の購買」として、需要箇所購買に該当するとされているものである(乙二)。

工事用設計図に係る契約の権限は、神奈川支店にあっては経理部長に、東扇島火力発電所及び川崎発電所にあっては発電所長に委ねられ、名刺に係る契約の権限は、神奈川支店にあっては経理部資材グループリーダーに、右両発電所にあっては総務部資材グループリーダーに委ねられていた。そして、これらの購買の実施は、その物品を必要とする各グループのグループサブリーダーによって行われた(乙五、六)。

6  東京電力における指導監督体制についてみると、店所長らに対しては、本店にあっては、社長において、定期に又は必要に応じて臨時に、店所長・(本店)部長会議を開催して店所長から日常の業務運営に関する報告を受けるとともに、社長又は本店各部の部長において店所長に対して業務執行に関して適切な指示を与え、店所にあっても、同様に、店所長において部長や第一線機関の長を集めた会議を開催して報告を徴し、かつ適切な指示を与えていた。また、資材、経理等を始めとする各専門部門において、日常業務の適正処理を図るために、本店において職務規程やマニュアルを作成するなどして、店所に対して、随時業務指導を行い、とくに本店経理部において経理処理を厳正かつ的確にするため、支店については毎年、発電所については二年に一度の割合で、経理担当箇所を対象に業務指導を実施していた。そのほか研修制度として、グループリーダーやグループサブリーダーについては、任用後一年以内に管理者研修を受講させ、業務の的確処理や下位職位者の管理監督についての管理者として必要な知識の修得や意識の向上を図っていた。

さらに、東京電力では、各店所における業務運営状況の調査等をするために、考査業務手引書を策定し、平成四年から平成六年当時、東京電力本店考査部において、支店や発電所の業務運営について、支店については毎年、支店管轄下の第一線機関(支社、営業所、工務所等)については三年に一度、発電所については二年に一度の割合による考査を実施し、これにより、各所の業務運営が法令、各種規程及びマニュアルに従って行われ、不適切な運営がなされていないかについて審査が行われていた(乙一〇)。

7  なお、東京電力は、本件不正取引に関し、直接関与した七名の社員に対して懲戒処分として減給処分とし、これらの者に対する指導監督を怠った神奈川支店長、東扇島火力発電所長及び川崎火力発電所長を含む上位職位者九〇名に対して厳重注意等の人事措置を講じた。

二  被告らの取締役としての注意義務の懈怠の有無について、判断する。

1  取締役は、会社から委任を受けた者として、善良なる管理者の注意をもって事務を処理すべきであるとともに(商法二五四条三項)、会社及び全株主の信任に応えるべく会社及び全株主にとって最も有利となるように業務の遂行に当たるべきであり(商法二五四条ノ三)、もちろん法令、定款及び総会の決議を遵守しなければならない(同条)。そして、取締役が会社に対して負うこれらの善管注意義務又は忠実義務として、従業員の違法・不当な行為を発見し、あるいはこれを未然に防止することなど従業員に対する指導監督についての注意義務も含まれると解すべきである。

ところで、取締役が従業員の業務執行について負う指導監督義務の懈怠の有無については、当該会社の業務の形態、内容及び規模、従業員の数、従業員の職務執行に対する指導監督体制などの諸事情を総合して判断するのが相当であり、もとより権限委譲の有無や会社規模のみにより一義的に決しうるものでない。

なお、原告は、原告らの取締役としての義務違背について、取締役としての一般的抽象的な違反行為があれば、その責任を問うことができる旨主張し、当裁判所の釈明にもかかわらず、被告らによる善管注意義務若しくは忠実義務に違反する行為の具体的内容又は取締役としての裁量権を逸脱する具体的な事情について明らかにしない。確かに、取締役が従業員の業務執行行為について指導監督すべき義務は、それ自体包括的で一般的な性質を有するものの、右の注意義務の内容が企業規模等から一義的に決められるものではないことは、前記のとおりである。したがって、本件においては、原告の主張する限りにおいて、被告らに取締役としての義務の懈怠があるか否かについて判断せざるを得ない。

2  そこで、本件不正取引に関し、取締役である被告らに原告の主張する義務の懈怠があるか否かについて、検討する。

前記認定事実によれば、東京電力においては、職務権限規程によって権限の配分・委譲について定め、これによって取締役の業務執行権限を下位の職位者に順次委譲しているが、それ自体会社内部の意思決定の円滑化を図るとともに、業務執行に関する事務手続を的確かつ迅速に進めるための組織運営方法として合理的なものであり、前記認定のような東京電力の企業体としての組織の実情等に照らせば、相当であるということができる。

進んで、東京電力における業務執行の権限の配分・委譲及び従業員に対する指導監督体制についてみると、前記認定事実によれば、東京電力においては、職務権限の委譲の態様、上位職位者の統括管理及び指揮監督責任の内容等について明確に定め、これらの定めによる権限の委譲、責任の配分等は組織管理の適正や業務遂行の効率の確保を図るために合理的なものとして首肯することができる。

さらに本件不正取引に係る物品の購買に関してみても、前記認定事実によれば、物品の購買契約について詳細な規程を定め、各購買手続における権限の所在及び責任を明確にし、権限の委譲についても、高度かつ専門的な知識が要求される物品及び高額の物品については権限を社長に留保し、その余の物品についてのみ権限を委譲していることを含め、いずれも合理的であり、また、実際の物品購買手続について、購入物品の性質、数量、価額、汎用性などを考慮に入れた詳細な物品購買マニュアルを作成し、さらに実際の購買手続業務を担当しているグループサブリーダーなどの職位者に業務の適正処理や管理監督の徹底を図るための研修を施し、支店や発電所における適正な業務運営を図るために、考査部門による考査を定期的に行うなど合理的かつ適切であるということができる。

三 以上によれば、東京電力における物品の購買等に係る権限の委譲、責任の配分、従業員に対する指導監督体制、物品ごとに定められた手続は、合理的で適正さが担保されたもので、物品購買手続に関する職務規程の策定及びその実施に当たっても、格別遺漏もないということができ、物品購買手続等の内容が不十分であることを示す事実も認められず、そのほか原告から具体的な事実の主張がなく、本件証拠関係に照らしてみても、被告らに本件不正取引に関して従業員に対する指導監督につき責めを負うべき特段の事情も見当たらないから、被告らに取締役としての善管注意義務又は忠実義務の懈怠があるということはできない。

四  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官門口正人 裁判官中山顕裕 裁判官竹下雄)

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